自分自身の存在に価値なんて無い!

哲学

初投稿は何について書こうか悩んでましたが、
自分が知り得たフレーズでも一番の衝撃と感銘を受けた言葉をアウトプットしていこうと思います。

「自分自身の存在に価値なんて無い!」

少々ネガティブな言葉に聞こえるかもしれませんが、
ブログを書いてる内に自分の中で出てきた答えの1つです。
せっかくなんでタイトルとして使いました。

「我思う、ゆえに我あり」

この言葉は哲学の父デカルトの有名なフレーズで、
自分は人生を変えうるほどの衝撃を受けました。

意味を知るとめちゃくちゃ深い!

簡単に自分の事を話します。

自分は人間として本当に存在しているのか?

中学生の頃、自分は世界や自分自身の存在の全てを疑い初めました(若干の中二病が発症)。

もしかした自分が今見ている世界は偽物かもしれない。

本当の自分は宇宙人に囚われて永遠に夢を見る装置の中で寝ているだけかもしれない。

もしくは高度に発展した未来で過去の生活をVRのように体験できる装置の中の人格かもしれない。
など、、、

それが自分自身は本当に存在しているかを疑い、考え始めた瞬間でした。

歳を重ねるにつれて考える機会は減りましたが、
自分自身の存在の証明ができないまま社会人となり、
どこか芯となるものが無いまま生きていました。

25歳の頃、ある一冊の哲学に関する本を読み、
このフレーズの意味を知った瞬間は本当に衝撃的でした。


簡単に説明すると
デカルトは、哲学における「疑いようのない真実」を見つけようとしました。
そのために、まず周囲のあらゆるものや、自らの肉体さえも疑って考えましたが、どうしても疑うことのできないのは「今全てを疑っている自意識」の存在であることを見つけました。

「自分は本当は存在しないのではないか?」とどれだけ疑っても、「疑っている私」という存在は疑うことはできない、というわけです。
それが「我思う、ゆえに我あり」に込められた意味です。



ああああああ!!!
なるほど!確かに!!!!!



このたった一行の言葉で自分の人生最大の悩みが一瞬にして吹き飛ばされました。

自分は人間として本当に存在しているのか?


この疑問に悩んでいた中学生の頃からの自分は、
その頃から自分自身の存在を証明できていたのだと気付けたのです。


この経験から、タイトルでもある
「自分自身の存在に価値なんて無い!」という考えに至りました。

結構突拍子も無い理論かもしれませんが、
自分という存在は自分自身でしか証明できません。
つまり他人の存在は証明できず、証明できない存在は比べようがありません。
比べる対象が無ければ価値という概念そのものが無い!


存在が先、価値は後から自分が付けただけ。


というのがデカルトの言葉から考えた自分の結論です。


現代社会において、自分の存在価値があるとかないとか悩んでいる人も多いですが、

自分自身の存在に価値という概念を付けたのは自分自身である事を認識できると、何か変わるかもしれません。


まだまだこの考え方が自分の中で完全に腹落ちしているわけではありませんが、
何か落ち込んだり、自分を見失う様なことがあった時には
自分自身の存在を思い出してみようとブログを書きながら改めて思いました。

以上、

ただただ自分の考えを書き出した自己満ブログをここまで読んで頂きありがとうございます。

以下、あとがき

なお、書き出したことは今の時点での自分の考え方であって、正しい事を言ってる。
とは全く思っていません。
今後生きていく内にこの考え方が変わる事もあるでしょう。

哲学への理解もまだまだ浅いです。
哲学は近代になるほど複雑で頭が追いついていませんが、理解を深めていきたいと思います。
デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に対し、対立的な意見を提唱した哲学者もいたはずです。
(ちなみに雑学ですが、このフレーズはデカルトではなく弟子の1人がデカルト本人の手記を基に言ったという説もあります)

人によっては様々な意見があり、否定的な意見もあるでしょう。
ただ、この世で唯一否定できる事は、自分自身の存在が否定された事に対してかと思っています。

文章構成に関するご意見はドンドン下さい。

ということで、今回初投稿だいぶ手探りです。
こんな感じの自己満アウトプットブログにしていくと思います。

いやー満足した!意外と楽しかった!
※この記事は休み明け+二日酔いで仕事の気分が乗らない中書いてます。そりゃ楽しいでしょ。
やっぱ自分の頭のアウトプットっていいね、自分の考えがより深くなっていく感覚。

ぶっちゃけ、今回のタイトルなんてブログを書きながら思いついただけで、存在価値について普段から考えてるわけではないです。
普段はあーやよい、すばるかわいい。とげぴーすこ。ルパンかっこいー。うんち。とかしか考えてません。

今度はどんな事を記事にしてみようかな。
最近ハマッてる「時間が進む方向」について、書いてみようかな。
これがまた難しくて人に話せるほど考えがまとまってないので、調べて考えながら長期的に書いて行くことになりそう。
もしくは哲学なんかより親しみやすい人間関係について題材にしてみるのもありかと。
あとは今回ブログを書きながら「事」って言葉に深みを感じたから、それについて考えてみるのもありだな。

人生疑問が尽きないね。
疑問に一つの答えを出したら、また疑問が出てくるんだもん。
だからこそ楽しいね。

2019/10/16 

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